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江戸時代の公道には、旅と行程等の目標として 1里ごとに塚が築かれ、塚にはエノキやケヤキ などの樹木が茂り、旅人の憩いの場となってい ました。都市化の進行でその多くは姿を消して しまいましたが、綾瀬川べりには、今も旧日光 街道の一里塚が残っています。 この一里塚は、江戸時代には街道の東西に1基 ずつ設けられていたことが、文化年間(180 4−18年)に幕府が編纂した「五街道分間延 絵図」などから明らかになっていますが、現在 はでは高さ2メートル、東西約6メートル、南 北約8メートル幅の1基だけが残っています。 | ||
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| *掲載されている画像の一部は「しらこばとNETWORK」様よりご提供いただきました。 |