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越ヶ谷久伊豆神社はもとは越ヶ谷郷のうち四丁野村(現在の宮本町)の領分で、その別当として 四丁野の迎摂院の住職が神主を務めていました。今でも越ヶ谷の秋まつりでは、神興の渡御には 四丁野の住人が白装束でこれをになうならわしになっています。 社宝には平田篤胤(あつたね)が文政3年(1820)に奉納した天之岩戸開の大絵馬、境内に は樹齢200年の藤や「出る日の 旅のころもや はつかすみ」と刻まれた越谷吾山の句碑、 昭和17年の土井晩翆題詠の歌碑などがあります。また社殿裏の社叢には原生木であるスダジイ を交えヒノキ、ケヤキなどが群生しています。 「三ノ宮卯之助の力石」は、天保二年四月吉日、当時諸国を興行して回っていて、力もちとして 有名だった三ノ宮卯之助がこれを持ったとされる五十貫目(187.5kg)のタマゴ形の力石で、 拝殿に向かって右側に奉納されています。 |
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境内には埼玉県指定の天然記念物で株回りが7.3メートル、高さ2.7メートル樹齢200余年 の藤があります。この藤は、天保8年(1837年)、越ヶ谷の住人でほうき職人の川鍋国蔵が 下総国流山から樹齢50余年の藤を舟で運び、この地へ移植したといわれています。 |
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